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大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)1565号 判決

控訴人

丸山一郎

右訴訟代理人

熊谷康次郎

被控訴人

三井精機工業株式会社

右代表者

多羅尾次郎

右訴訟代理人

萬谷亀吉

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金四〇〇万円及びこれに対する昭和四三年六月二九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代理人は、主文同旨の判決を求めた。

控訴人代理人は、請求の原因として、「一、(事故の発生)

控訴人は、昭和三八年四月二七日午前一〇時四〇分頃、東京都港区芝高輪南町六三番地先道路を横断中、訴外我妻伸一が訴外日本ヂーゼル輸送株式会社(以下、日本ヂーゼルと略称する。)の業務のために運転していた普通貨物自動車(崎臨七九五号)(以下加害車と略称する。)にはねられ、頭蓋骨骨折等の重傷を負つた。

二、(被控訴人の責任)

被控訴人は右事故当時、加害車を自己のために運行の用に供していたものである。

(一)  加害車は被控訴人の桶川工場において製造せられ、事故当時の昭和三八年四月二七日には、埼玉県陸運事務所より臨時運行の許可(許可番号埼臨七九五号)を受けて臨時運行の用に供されていたものである。

およそ、自動車は自動車登録原簿に登録を受けたものでなければこれを運行の用に供してはならないのが原則であり(道路運送車両法第四条)、右登録のない場合には臨時運行の許可を受けたものである場合に限り運行の用に供することができる。そして、その許可は陸運局長その他の行政官庁がこれを行ない(同法第三四条第一項第二項)、試運転を行なう場合とかその他特に必要がある場合に限つて許可される(同法第三五条一項)。

本件のように、被控訴人において製造せられた自動車が既に工場渡しで訴外日野自動車工業株式会社(以下、日野自工と略称する)に販売され、同訴外会社が訴外日本ヂーゼルに委託してその試運転等の具体的運行をなさしめたとしても、運行支配は依然として被控訴人会社にあつて、未登録の訴外日野自工の手には移らないし、その具体的運行の目的もまた販売目的の達成のための運行であ。

なお、被控訴人は、被控訴人としては訴外千代田運輸株式会社(以下、千代田運輸と略称する)に対し買主たる訴外日野自工本店まで輸送するために仮ナンバーの使用を許したことはあるが、未知の訴外日本ヂーゼルに使用を許したことはない旨主張するが、訴外日本ヂーゼルが訴外千代田運輸との間に締結した運送契約に基いて同訴外会社に代つて加害車を運転中本件事故を惹起したものである。

(二)  さらに、被控訴人は、加害車を右臨時運行の用に供するに際し、訴外東京海上火災保険株式会社(以下、東京海上と略称する)と自動車損害賠償保障法(以下、自賠法と略称する)に基く自動車損害賠償責任保障契約を締結している。右事実からも、被控訴人が加害車の運行を支配していたことは明瞭である。

三、(損害)〈省略〉

と述べ、被控訴人の抗弁及び主張に対し、

「一、消滅時効の抗弁は争う。

控訴人は、本件事故によつて発生した後遺症による損害賠償を請求しているが、控訴人が後遺症の発生を初めて知つたのは、診断書(甲第四号証の一、二)を受領した日、即ち本件事故の四年後の昭和四二年一一月二五日である。なるほど控訴人は医師であるが産婦人科専門であつて外科医師ではない。いかに医師であつても専門外のこと、殊に自分自身の健康については意外に無知であるのが実情である。

本件の消滅時効の起算日は、控訴人が後遺症の発生を知つた昭和四二年一一月二五日と解すべきであるから、本訴提起の昭和四三年六月二四日には未だ消滅時効は完成していない。

二、過失相殺の主張については、控訴人に過失のあつたことは否認する。」

と述べ、再抗弁として、

「仮に消滅時効の起算日が本件事故発生の日であるとしても、昭和四一年四月一一日に控訴人は訴外日本ヂーゼル、同我妻伸一を被告として神戸地方裁判所姫路支部に本件事故に基く損害賠償請求訴訟を提起したものであるから、右両名と共同不法行者として連帯責任を負うべき被控訴人に対しても消滅時効は中断した。」

と述べた。

被控訴人代理人は、請求の原因に対する答弁として、

「一、請求の原因第一項の事実のうち、加害者の臨時ナンバーが普通貨物自動車埼臨第七九五号であることは認めるが、その余の事実は知らない。

二、請求の原因第二項について、被控訴人が運行供用者であつたことは否認する。

(一)  加害車が右仮ナンバーを掲示していたからといつて、被控訴人の製造にかかるものとは断じえない。仮に加害車が被控訴人の製造にかかるものであるとしても、製造者であることのみによつて運行供用者責任を負べき理由はなく、要は右仮ナンバーの掲示により被控訴人が運行供用者責任を負うか否かが問題なのである。控訴人は、仮ナンバーの交付を受けた被控訴人は道路運送車両法に基き運行供用者であると主張するが、同法と自賠法とは法の目的を異にしており、損害賠償に関しては、運行供用者であるか否かは自賠法によつて決すべきである。道路運送車両法上、仮ナンバーのある自動車は、その定められた範囲で運行すなわち運転してもよいということであり、事実上の運行とは異る。運行という事実行為により初めて自賠法の問題が生ずるのであつて、仮ナンバーの有無には関係がない。したがつて、仮ナンバーの交付を受けた者は必ずしも運行使用者とはいいえないのであつて、運行の実態によつて自賠法上の運行供用者なりや否やを決すべきである。

ところで、被控訴人は庭先渡しで商品自動車を買主たる訴外日野自工の指示により一手輸送業者である訴外千代田運輸の責任者に引渡すのである。同訴外会社の桶川営業所は被控訴人の桶川工場前に事務所があり、同訴外会社桶川営業所の責任者が運転手を同道し自動車を引取つて陸送するのである。右引渡し以後においては、被控訴人は運行自体の方針決定に関与するとか、運行についての指揮監督とか事故防止に何等かの手段を講ずるとか、運行に関連する事柄につき関与していないし、その権限もないので、運行を支配していないのである。又、被控訴人は加害車の運行によつて経済的に利益を得ていないのであるから運行の利益もない。

右何れの点よりしても、被控訴人は自賠法上の運行供用者に該当しない。

仮ナンバーが被控訴人名義であるのは次の事情による。昭和四四年八月以降は道路運送車両法の改正により陸送業者にも仮ナンバーが交付されることになつたが、それ以前は自動車のディーラーかメーカー或いはボディー製造業者でなければ仮ナンバーの下附が受けられなかつたため、訴外日野自工及び訴外日野自動車販売株式会社(以下、日野自販と略称する)の自動車一手輸送業者である訴外千代田運輸が自動車を陸送するに当つて仮ナンバーーを要するので、製造業者である被控訴人が仮ナンバーの下附を申請したものである。

なお、訴外千代田運輸と訴外日本ヂーゼルとの間に運送契約が仮にあつたとしても被控訴人会社とは何らの関係もないのである。被控訴人は、訴外千代田運輸に仮ナンバーの使用を許したことはあるが、訴外日本ヂーゼルにこれを許したことはない。

(二)  自動車損害賠償責任保険契約が被控訴人名義でなされていることは認めるが、現実に契約の結締に当つたのは訴外千代田運輸である、と考えられる。すなわち、前記事情により被控訴人が仮ナンバーの下附を申請するのであるが、番号が定つた場合、訴外千代田運輸が被控訴人名義で保険契約を締結し、この契約を証するものを地方事務所に呈示して初めて仮ナンバーの交付を受けることができるのである。

この強制保険は、自賠法による被害者保護のためであつて、保険契約の名義人であることと運行供用者であることとは別個の事柄である。

三、本件交通事故と控訴人の後遺症との因果関係は争う。すなわち、控訴人提出の診断書(甲第四号証の一)をみるに事故発生時より三年七ケ月を経過しており病名は頭部外傷後遺症となつていて、何時頃生じた外傷に基くものか判明せず、又附記事項に掲記してある症状は老齢に伴い、或いは他の病気に基き発生する場合もあり得るし、本件事故に関係なく転倒衝突することにより生ずることも多いからである。

控訴人主張の損害額は争う。」

と述べ、抗弁及び主張として、

「一、仮に被控訴人が運行供用者として賠償責任を負うべきであつたとしても、本件事故発生は昭和三八年四月二七日であつて、民第七二四条により損害賠償請求権は消滅時効にかかつている。又、控訴人が埼玉陸運事務所より証明書(甲第一号証)を得た昭和四〇年三月二九日より起算しても、消滅時効にかかつている。よつて被控訴人は時効を援用する。

控訴人は昭和四二年一一月二五日即ち診断書受領の日に後遺症を知つた旨主張するが、控訴人は昭和三九年頭初より交通事故による外形的症状は一応全治していたものであるが訴外岡田康男医師より頭痛等の原因が交通事故による後遺症であるとして治療を受けているのであり、しかも控訴人は医師であるから本件事故後一年を経過しても全治しないとすれば、後遺症であることを了知した筈であり、少くとも後遺症の発生を予見し得た筈である。したがつて、仮に後遺症についての損害賠償請求権の消滅時効が事故発生の日から進行しないとしても、昭和三九年七月末日から進行し、昭和四二年七月末日消滅時効にかかつたものであるから、時効を援用する。

二、仮に、被控訴人が運行供用者であり、しかも損害賠償請求権が消滅時効にかからないとしても、本件事故発生地点は品川駅前信号機による横断歩道の近くであり、車道と歩道の境にはガードレールを備えつけた横断禁止区域であり、かかる場所で敢えて横断せんとした控訴人の過失は大きく、賠償額は五〇パーセント減額されて然るべきであるから、過失相殺を主張する。」

と述べ、被控訴人の再抗弁に対して、

「仮に被控訴人に本件交通事故に基く損害の賠償責任があるとしても、訴外日本ヂーゼル、同我妻伸一とは不真正連帯債務の関係にあり、右訴外人両名に対する訴訟提起は被控訴人に対して時効中断の効力はない。」

と述べた。

証拠〈省略〉

理由

一(事故の発生)

加害車の臨時運行の許可番号が埼臨第七九五号(埼玉県陸運事務所臨時運行許可証第七九五号)であることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、請求の原因第一項のその余の事実が認められる。

二(被控訴人の責任)

自賠法第三条に規定される「自己のために自動車を運行の用に供する者」とは自動車に対する運行支配及び運行利益の帰属する者であり、運行支配とは、必ずしも当該運行に対する直接・具体的な支配の存在を意味するものではないが、当該の者が自動車及び運転者に対して、法律上又は事実上の関係に基き社会通念上、運行を指示・制禦することができ、かつ、そうすべき責務を負う立場にあると認められる立場にのみ肯定されるべきものである。したがつて、陸送業者が自動車自体を走行させる方法によつて当該自動車を運送する場合には、当該自動車の陸送中は陸送業者が運行を支配しその間の事故については運行供用者責任を負うべきである反面、注文者たる依頼者は、民法第七一六条本文の法意に徴しても、陸送業者との間に特別の実質関係がある場合に限り陸送業者と共に運行供用者と目すべきであるが、かかる特別の実質関係のない場合には、依頼者は運行供用者責任を負わないものと解すべきである。

以上の如く、自賠法第三条の運行供用者と認めるべきか否かは、実質関係に照らし、運行支配・運行利益が帰属していたか否かによつて決すべきであるから、「道路運送車両法上事故車の使用として登録することを許した者は、同法上使用者として責任を負う立場にあり、その限りにおいては対社会的に事故車を自己の支配管理に運行せしめることを表明したものとして、事故車の運行に関し管理制禦すべき責任を負う」との見解は当裁判所は採用しない。

〈証拠〉によれば次の事実が認められる。

(1)  訴外日野自工と訴外日野自販とは妹姉会社であるところ、訴外千代田運輸は訴外日野自工の商品自動車の輸送及び一般貨物自動車の輸送並びに訴外日野自販の商品自動車の輸送を請負い、訴外日野自工と訴外日野自販との専属的な会社であり、被控訴人は訴外日野自工の自動車の組立及び部品製造についての請負を営業の内容とする会社であること、したがつて、被控訴人と訴外千代田運輸との間には企業組織・企業活動における包摂的関係は存在しないこと、

(2)  被控訴人は完成した商品自動車を訴外日野自販の指示により陸送業者である訴外千代田運輸に引渡していたこと、したがつて、被控訴人は訴外千代田運輸に対して指揮監督権を有していなかつたこと、

(3)  被控訴人は前記の如く訴外日野自工の自動車の組立及び部品の製造を請負つていたものであつて、少くとも訴外日野自販の指示によつて訴外千代田運輸に引渡した後においては当該自動車の所有権を有していないこと、

(4)  訴外千代田運輸は更に訴外日本ヂーゼルに加害車の陸送を請負わせたが、被控訴人は右下請の事実は関知していなかつたこと、

以上の諸事実によれば、被控訴人と訴外千代田運輸との間には、指揮監督関係、専属的受益関係、企業組織・企業活動の包摂的関係等の運行支配を認めるべき特別の実質関係は認められず、ましてや訴外日本ヂーゼルとの間にかかる特別の実質関係は認められない。したがつて、本件事故当時、訴外日本ヂーゼルが加害車の運行を支配していたことは明らかであるが、被控訴人が加害車の運行を支配していたものとは認められない。又、加害車の運行利益を被控訴人が有していたことを認めるに足りる証拠はない。

なお、〈証拠〉によれば、前記埼臨第七九五号の仮ナンバーは被控訴人に下附されたものであること及び訴外東京海上火災との強制保険契約は被控訴人名義でなされていることが認められ、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は右仮ナンバー及び強制保険名義を訴外千代田運輸に貸与したことが認められるが、右事実のみを以てしては、前記判断を覆すに足りず、他に被控訴人が運行供用者であつたことを認めるに足りる事実及び証拠はない。

三(結論)

以上の次第であるから、控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当であり、これを棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(柴山利彦 弓削孟 篠田省二)

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